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そして二対の翼が空を舞う

そして二対の翼が空を舞う

暑い。今の気持ちを端的に表すのにこんなにも適した言葉はないだろう。
頭の上には直視することが出来ないほどに輝く太陽があって、それを遮ってくれそうな雲も見渡す限りには見当たらない。
一分一秒、肌がじりじり焼けているのが分かる。気のせいではないと思う。多分。
たまにふわりと風が吹くけれど、海の湿気を存分に含んだそれは気休めにもなってくれそうにない。
だらんとリリィは甲板に手足を投げ出した。上からも下からもたっぷりと熱気が伝わってくる。
せめて日陰にでも入ればいいのは分かっているけれど、たとえ額や胸元を絶え間なく汗が流れていこうとも今はなんとなく日差しを浴びていたい気分だった。
眩しさに目を閉じる。瞼の裏が赤い。


何を考えるでもなくぼうっとしていると、甲板の騒がしさが耳に入ってきた。
寝返りをうってそちらを見る。幾つかある人だかりのうちの1つ、恐らく何か賭け事でもしているのだろう。時折あがる歓声やブーイング。
ポーカーフェイスが得意な少女はこの船の中で賭け事が得意な部類に入る。初めの頃こそ歓迎してくれていた彼らだが、最近は煙たがれるようになってしまったので専ら観戦要員だ。それも楽しいからいいのだけれど。
だが今は見に行くよりもこのまま寝転んでいたい。大きな樽を囲うようにして群がっている船員たちの中、1人の頭の上に鎮座するオレンジ色が眩しくてリリィは目を細めた。
と、ふいにマルコと目が合う。賭け事に盛り上がる船員たちを少し後ろから眺めていた彼は、リリィを見ると何か物言いたげにその目を細めたかと思うと組んでいた腕を解き、眩しいオレンジ色をエースの頭から引っ手繰った。
何やら文句を言うエースを適当にあしらいこちらに近付いてくる。何をしたわけでもないのになんとなく後ろめたさを感じるのは何故だろうか。


リリィ
「…なに?」
「何怯えてんだよい」
「マルコがなんか怖いから」


波の音が少しだけ暑さを和らげてくれるかもしれないなぁ。思考を現実逃避させてみても、とん、という静かな音と共に傍らでこの男が足を止めるという現実からは逃げられなかった。
名前を呼ばれ、潔く上半身を起こす。悪あがきで随分ゆったりとした動作にはなってしまったけれど。
一瞬くらりとしたのは熱射病だろう。当たり前だ、この炎天下日差しを一身に浴びていたのだから。
その一瞬を見逃さなかったマルコの視線が痛い。過保護だ、相変わらず。そんなだから他の船員たちからからかわれるというのに。勿論全員返り討ちにされているけれど。


「被っとけ」
「う」


軽い衝撃と共に目の前が暗くなった。
両手で掴んで顔から離してみると眩しいくらいのオレンジ色。エースの帽子だ。
この為にさっき引っぺがしていたのか。申し訳なさにエースの方を見ると、丁度こちらを見ていた彼は気にするなと言わんばかりにニッカリと手をあげてくれた。さすが気のいい兄貴分だ。
遠慮なくテンガロンを被る。大きなそれにすっぽりと覆われた頭は少女が自覚していたよりも随分と熱くなっていた。


「以後気をつけます」
「よろしい」
「…かほご」
「なんか言ったかクソガキ」


そうさせる原因が自分にあることも、全部自分の為なのも分かっているけれど。マルコの言う通りまだまだガキなのだ、自分は。どこから持ってきていたのか差し出された水を素直に飲み干す。
皆とは比べ物にならない細っこい手足、ナースたちよりも小さな背にぺったんこな身体。別に早く大人になりたいだなんて健気なことを思っているわけでもないが。
この船に乗ってからというもの、時間の流れが早くなって、毎日が新しいことばかりで。たくさんの感情を感じるようになって、痛みや疲れを感じるようになった。日光ぐらい、今までだったらどれだけ直接浴びようがなんともなかったのに。
以前マルコにそう言ったことがある。そうしたらマルコはそれが正常だと言った。なら気にしなくていいことなのだろうと思って、ちゃんと食べて寝ろだとか不用意に怪我をするなとか、口うるさく甘やかされることにちゃっかり甘えている。きっとこれが子供の特権というやつだ。


子供の特権を振りかざしてまだここにいたいのだと主張してみることにしよう。マルコの影に隠れるように丸くなってみれば、溜め息を吐きながらも日除けになってくれるらしい、彼はどっかりと隣に座り込んだ。
存分に温まった身体は目を閉じるとだんだん重くなってくる。沈んでいく意識が完全に無くなる前に少しだけ瞼を持ち上げて、ずりずりと身体を動かして。
固い太腿に額を擦りつけるようにして、投げ出された手の端っこを握りしめて。そうして安定する体制を探し出して満足そうに口元を緩めたリリィは、静かに目を閉じると今度こそ沈む意識に身を委ねた。
程なくして小さな寝息が聞こえてくる。すぅすぅとあどけなく眠る少女を暫し見つめたマルコは、握られた手はそのままにずれたテンガロンを直してやった。


「見ろよ、鳥親子が甲羅干ししてるぜ」
「不死鳥サマが大人しくされるがままとは…」
「鶏って不死鳥より強いんだな」
「お前鶏とか言ってるとまた石にされんぞ」


「…お前らうるせぇよい」


ひそひそ。隠す気があるのかないのか、言うまでも無くないのだろうがやんややんやと騒ぎ立てる船員たちがマルコの一睨みによって散っていく。ただしとても楽しそうにだが。
まぁ、自覚はある。刷り込みとでも言うのか、初めて親鳥を見た雛鳥のように後ろをついてくる少女をガキだなんだと言いながらも無碍にはできない自分がいるのも事実だ。


(ったく、暢気な奴だよい)


白ひげ海賊団の一番隊を束ねる、不死鳥と恐れられる男の片手を当然のように塞いでくれるとは。
仕方がないから立派な成鳥になるまでは面倒をみてやろうではないか。末っ子のエースよりも小さく幼い少女が、大きな翼で大空を舞うその日まで。


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